社労士法人プロフェス代表の前田です。
先日、大雨のなか「リーダーシップは自然体」という本を手に取り大阪出張からそのまま京都へ向かいました。
京都の目的は、学生時代の恩師のお見舞と、次いでに夜は同窓生と大雨で氾濫しそうな高瀬川沿いの小料理屋で約20年前の昔話にふけることでした。
さて、帰りの新幹線の中で行きの旅程で読んだ「リーダーシップは自然体」と学生時代の恩師のことが不思議と重なるのでした。
私のリーダーシップの種は、まさしく学生時代の恩師の影響だと思ってます。
恩師に「何事も量から質に変わること」を学び、上がり症だった私に様々な試練とチャンスを与えて下さったように思います。
著者の増田氏は、MBAホルダーでも帰国子女でもなく、ただのOLだった人が、外資系アジアトップの人事部門長にまで就き、組織開発・リーダーシップ開発のプロフェッショナルにまでなったのでした。
それもカリスマリーダーではなく、著書の題名のごとく自然体で、来るべくチャンスを活かしリーダーシップを身につけていかれたようでした。
「人はワインとは違います。樽の中でじっとしたまま、時が過ぎるのを待っても、熟成することはないのです。」
「働くとは、傍(はた)を楽にすること」
ヨーロッパを旅した日本の武士の使節団が「きれいな水をくみ上げるため」蛇口を山ほど買い集めて帰国した話など示唆に富むものばかりでした。
そしてリーダーシップとはそもそも備わったものではなく、鍛えるものであると確信することができました。
私は、最近の労使紛争の多さをみて感じるのです。
経営者は、労働者に対して経営層としての目線や行動を鍛える「リーダーシップ研修」を行ってますか?
経営陣を支援する管理職として「リーダーの宣言」をさせてますか?
子供が「自分は今日から大人です」と宣言すると社会はその人を今日から大人と同視するように、「経営陣の一員です」と宣言する「リーダーシップ研修」が不可欠ではなかろうかと感じるのです。
法で裁くことは最終的な解決方法ですが、その前にリーダーシップを学ぶ機会を与えるだけでも労使紛争の解決の糸口になるのではないかと考えてます。
実は、労働者は「リーダーシップ」を習得することに飢えていることをご存じでしたか?
労働者は、リーダーとしての振り舞いをしたいのですが、手段や方法が分からないのです。
最近、中小企業でリーダーシップ研修を行って、特にそのように感じたのでした。
人は、ワインとは異なるのです。待っているだけではリーダーシップは育たないのです。

